ロンドンでのリアルな留学生活を、“観るエッセイ”のようなVlogとして発信し、注目を集めている「はなのにちようび」さん。
繊細な言葉選びやノスタルジックな映像表現で、多くの視聴者の共感を集めている人気クリエイターです。
そんな彼女を見ていると、「日本ではどこの高校や大学に通っていたの?」と、これまでの経歴が気になってくる方も多いのではないでしょうか。
さらに、あの独特な感性を育んだ背景として、「どんな家族のもとで育ったのか」も気になるポイントですよね。
この記事では、はなのにちようびさんの大学や高校といった学歴情報をはじめ、父親・母親など家族についてもわかっている情報をまとめてご紹介していきます。
彼女の魅力のルーツに少し近づける内容になっているので、ぜひ最後までチェックしてみてください!
はなのにちようびの大学はどこ?
日本では文化服装学院に通っていた
はなのにちようびさんは、日本では**文化服装学院**に通っていたことがわかっています。
これは、本人のInstagram投稿に「#文化服装学院」というハッシュタグが付けられていたことから判明しました。
文化服装学院は、「BUNKA」の愛称でも知られる日本トップクラスのファッション専門学校で、1923年創立という長い歴史を持つ名門校です。
山本耀司や高田賢三など、世界的デザイナーを多数輩出していることでも有名ですよね。
4年制のコースに進学していた理由
はなのにちようびさんは、文化服装学院の4年制コースに進学していたとされています。
その理由は、「ファッションも写真もやりたくて、自分の夢がまだ曖昧だったから」。
すぐに一つに絞るのではなく、まずは学びながら考える時間を大切にしていたそうです。
ただ、実際に通う中で「自分にとって何の意味があるんだろう」と感じることもあったとのこと。
このあたり、進路に悩んだ経験がある人なら思わず共感してしまいますよね。
ロンドン行きを決意して中退
そんな中で大きな転機となったのが、「ロンドンに行く」と決めたタイミング。
このときに「自分の進む道がはっきりした」と感じ、文化服装学院は中退する決断をしています。
安定した進路よりも、自分のやりたいことを優先する姿勢は、まさに彼女らしい選択です。
また在学中は、インカレで東京大学の映画サークルに参加し、映画制作にも関わっていたそうです。
現在のVlogの映像センスは、こうした経験が活きているのかもしれませんね。
現在はロンドンの美術系大学で学び中
現在はロンドンに拠点を移し、美術系大学の短期写真コースに通っています。
具体的な大学名は公表されていませんが、日本人にも人気の高いロンドン芸術大学(UAL)などが候補としてよく挙げられます。
UALは世界的にも評価の高い芸術大学で、セントラル・セント・マーティンズやロンドン・カレッジ・オブ・ファッションなど、名門カレッジを多数抱えています。
遠回りのようで“自分らしい道”
こうして見ると、はなのにちようびさんの進路は一直線ではなく、悩みながら選び取ってきた道です。
でもその過程こそが、今の“観るエッセイ”のような独自の表現につながっているのかもしれません。
「自分のやりたいことは何か」を探し続ける姿は、多くの人にとって共感できる部分でもあり、同時に背中を押してくれる存在ですよね。
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はなのにちようびの高校はどこ?
出身高校は非公開!仙台市内の可能性も?
はなのにちようびさんの出身高校については、学校名は公表されていません。
ただし出身が仙台市であることから、仙台市内、もしくはその近郊の高校に通っていた可能性が高いと考えられます。
具体的な学校名は不明ですが、後述する学生生活のエピソードを見ると、かなり特徴的な環境だったことがわかります。
寮生活&ルールが厳しい高校だった
はなのにちようびさんは、高校時代について「寮生活だった」と語っており、さらにその学校はかなりルールが厳しいことで知られていたようです。
たとえば、
- SNSは禁止
- 音楽も聴いてはいけない
- コンビニに行くのもNG
- 外出は土日の17時まで
など、なかなかストイックな環境ですよね…。
「え、そこまで?」と思ってしまうような制限ですが、その分、規律や集団生活を重視する学校だったのかもしれません。
禁止されてもSNSをスタートした理由
そんな中でも、はなのにちようびさんはInstagramでファッションアカウントをスタートしています。
本来は禁止されていたSNSですが、「将来ファッションに関わる仕事がしたい」という思いから行動に移したそうです。
ここ、かなり重要なポイントですよね。
ルールがある中でも、「やりたいこと」を諦めなかった行動力は、今の活動にもつながっている気がします。
同世代との出会いが転機に
SNSを通じて出会った同世代の仲間たちは、すでに自分の夢に向かって動いている人ばかりだったそうです。
中には、学校に通わず独学で活動している人もいて、そうした姿を見て「自分も何かやらなきゃ」と強く感じたといいます。
この焦りや刺激がきっかけとなり、10代のうちに写真に本気で取り組むようになったとのこと。
10代で写真集を出版するまでに
その結果、はなのにちようびさんは20歳になる前に写真集を出版しています。
高校時代の「制限の多い環境」と、そこから抜け出そうとした「行動力」。
この両方があったからこそ、今のクリエイティブな活動につながっているのかもしれません。
制限があったからこそ生まれた感性
自由が少ない環境って、一見マイナスに感じがちですが、はなのにちようびさんの場合は、その中で自分の内面と向き合う時間が多かったのかもしれません。
だからこそ、今のような繊細で深い表現ができるのでは…と考えると、高校時代の経験もすごく意味のあるものに感じますよね。
どんな学校だったのか詳細は不明ですが、彼女の原点のひとつであることは間違いなさそうです。
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はなのにちようびの母親について
母親は写真家・中村ハルコさん
はなのにちようびさんのお母さんは、写真家の中村ハルコさんです。
本人がはっきり公表しているわけではありませんが、インタビュー記事のプロフィールに「母親である写真家・中村ハルコに影響を受けて写真を始めた」と記載されていました。
また、「母が写真家だった」ということ自体は本人も語っているので、写真との深いつながりは間違いなさそうです。
どんな写真家だったの?
中村ハルコさんは、「光」や「生命の輝き」をテーマにした作品で知られる写真家です。
宮城県仙台市出身で、世界各地を巡りながら人々の暮らしや生きる力を写真に収めてきました。
ふんわりとした優しい光の中に、しっかりとした“生きる強さ”が感じられる作品が多くて、見ているとじんわり心に残るタイプの写真なんですよね。
代表作のひとつ『光の音(pure and simple)』は、イタリアの風景や人々の日常を切り取った作品で、写真家の荒木経惟からも高く評価されています。
43歳という若さでなくなっている
中村ハルコさんは、2005年に43歳という若さでなくなっています。
そして、はなのにちようびさんは当時まだ1歳でした。
そのため、一緒に過ごした記憶はほとんどないそうですが、母親の存在は別の形で大きく影響していきます。
写真との出会いは“母の作品”
高校時代、進路に悩んでいたときに、母が残した大量の写真と向き合う機会があったそうです。
その写真たちは、まるで「今を全力で生きている」ことを伝えてくるようなものばかりで、そこに強い意志を感じたといいます。
これがきっかけで、「自分も何か表現したい」と思うようになり、写真の道に進むことを決意。
今の活動の原点ともいえる大きな出来事ですよね。
今の表現にもつながっている?
はなのにちようびさんのVlogって、どこか“光の使い方”や“空気感”が印象的ですよね。
何気ない日常の中にある感情や、ちょっとした孤独まで丁寧に切り取るスタイルは、母・中村ハルコさんの作品ともどこか通じるものがあります。
直接の記憶は少なくても、作品や価値観ってこうやって受け継がれていくんだな…と感じさせられますよね。
母の存在が今の活動のルーツに
はなのにちようびさんの表現を見ていると、「ただのVlogじゃない」と感じる理由がなんとなくわかってきます。
その背景には、母親である中村ハルコさんの存在がしっかりとあるんですね。
親子で受け継がれる“表現の感性”。
それが、あの独特で心に残る世界観を作っているのかもしれません。
はなのにちようびの父親について
父親は下館和巳さん
はなのにちようびさんの父親は、下館和巳さんです。
名前を聞いてピンとくる方は少ないかもしれませんが、実は演劇や文学の分野ではかなり知られている人物なんです。
シェイクスピア研究の専門家
下館和巳さんは、シェイクスピアを専門とする研究者で、英国文学や演劇の分野で長年活動しています。
東北学院大学の教授として教鞭をとりながら、研究だけでなく実際の舞台制作にも関わっているのが特徴です。
いわゆる「机の上の研究者」というよりは、実践も大事にするタイプの学者さんという感じですね。
劇団を主宰する“現場の人”
さらにすごいのが、仙台を拠点にした劇団**シェイクスピア・カンパニー**の主宰を務めていること。
ここでは、シェイクスピア作品を中心に舞台を上演していて、演出や脚本まで担当しているそうです。
しかも、市民参加型の劇団ということで、地域と演劇をつなぐ活動も行っているのが特徴です。
「研究」と「表現」の両方を本気でやっている方なんですね。
表現する家庭で育った影響も?
はなのにちようびさんのVlogを見ていると、どこか“物語性”や“演出感”を感じることがありますよね。
実は、そういった感性の一部には、父親の影響もあるのでは?と言われています。
演劇というのは、「言葉」「間」「空気感」を大事にする世界。
はなのにちようびさんのナレーションや映像の間の取り方にも、どこか共通するものを感じる人も多いのではないでしょうか。
両親ともに“表現者”という環境
母親は写真家、そして父親は演劇・文学の専門家。
こうして見ると、かなり表現に囲まれた家庭環境で育ってきたことがわかります。
だからこそ、はなのにちようびさんのあの独特な世界観や、感情を言葉と映像で表現する力が自然と育まれていったのかもしれませんね。
今の活動につながるルーツ
派手に語られることは少ないものの、父・下館和巳さんの存在は、はなのにちようびさんの「表現への向き合い方」にしっかり影響しているように感じます。
作品として何かを伝えること。
そして、自分の内面と向き合い続けること。
そういった姿勢は、家庭の中で自然と培われてきたものなのかもしれませんね。
はなのにちようびの兄弟・家族について
3姉妹の末っ子!お姉さんが2人いる
はなのにちようびさんは、3姉妹の末っ子で、上にお姉さんが2人います。
動画などに姉妹が登場することはほとんどありませんが、日本に一時帰国した際にはお姉さんの部屋に泊まっていたというエピソードもあり、関係は良好そうです。
こういう何気ない話から、家族との距離感が伝わってきてちょっとほっこりしますよね。
姉妹は一般人のため詳細は非公開
お姉さん2人については、名前や年齢、職業などの詳しい情報は公表されていません。
あくまで一般の方ということもあり、プライバシーに配慮しているのだと思われます。
ただ、動画の雰囲気からすると、無理にベタベタする感じではなく、ほどよい距離感で仲がいい姉妹という印象を受けます。
家族全体は“表現”に関わる環境
これまでの情報をまとめると、
- 母:写真家(中村ハルコさん)
- 父:演劇・文学の研究者(下館和巳さん)
- 本人:Vlogger・フォトグラファー
というように、かなり表現に関わる家族であることがわかります。
お姉さんたちの詳しい活動は不明ですが、こうした環境で育っていることを考えると、それぞれ何かしらの感性を持っていそうですよね。
家族との距離感も魅力のひとつ
はなのにちようびさんの発信って、家族の話を前面に出すタイプではないですが、だからこそリアルで自然な距離感が感じられます。
必要以上に語らないけど、ちゃんとつながっている。
そんな関係性が、動画の落ち着いた雰囲気にもつながっているのかもしれません。
見えない部分が想像を広げる
家族についてすべてが明かされているわけではありませんが、少しずつ見えるエピソードから人柄が伝わってくるのも、はなのにちようびさんの魅力のひとつです。
「どんな家庭で育ったんだろう?」と想像しながら動画を見ると、また違った楽しみ方ができるかもしれませんね。

はなのにちようびの大学・高校・父親などのまとめ
今回は、「はなのにちようび」さんの大学や高校、そして父親・母親・兄弟など家族についてご紹介しました。
ポイントをまとめると、
- 大学は**文化服装学院**で、4年制コースに進学するも中退
- 現在はロンドンの美術系大学で写真を学んでいる
- 高校は非公開だが、仙台市内の可能性が高く、寮生活でルールが厳しい学校だった
- 母親は写真家の中村ハルコさん
- 父親は演劇・英国文学研究者の下館和巳さん
- 3姉妹の末っ子で、お姉さんが2人いる
ということがわかりました。
こうして見ると、はなのにちようびさんは、決して一直線の道を歩んできたわけではなく、悩みながら自分の進む方向を見つけてきたことがわかりますよね。
そして、写真家の母や演劇に関わる父という表現に囲まれた家庭環境も、今のあの独特な世界観に大きく影響していそうです。
キラキラした一面だけでなく、迷いや孤独もそのまま表現するスタイルは、まさに彼女ならではの魅力。
これからどんな作品や発信を見せてくれるのか、ますます楽しみですね!