ピラミッド研究の最前線で活躍し、3D計測という最先端技術を駆使するエジプト考古学者・河江肖剰(かわえ ゆきのり)さん。
さらに「河江肖剰の古代エジプト」というYouTubeチャンネルでは、専門的になりがちな内容を分かりやすく、しかも熱量たっぷりに語る姿が印象的ですよね。
そんな河江さんについて、最近よく聞かれるのが
- 「結婚しているの?」
- 「奥さんはどんな人?」
- 「子供はいるの?」
といった家族に関する話題です。
筋肉隆々でストイックな研究者というイメージが強いだけに、プライベートではどんな家庭を持っているのか、気になってしまうのも無理はありません。
さらにもう一つ、ついチェックしたくなるのが年収。
世界的な研究プロジェクトに関わり、大学やメディア、YouTubeでも活躍している河江肖剰さんは、実際どれくらいの収入を得ているのでしょうか。
この記事では、河江肖剰さんの妻や子供などの家族構成を中心に、あわせて年収の目安や収入源についても、分かっている情報をもとに丁寧に見ていきます。
研究の顔とはまた違う、河江肖剰さんの素顔に少し近づいてみましょう。
河江肖剰は結婚して妻がいる?
結論からお伝えすると、河江肖剰(かわえ ゆきのり)さんは結婚していました。
奥様のお名前は仁美(ひとみ)さんで、日本人女性です。
ただし、このお話は少し胸が締めつけられる内容でもあります。
河江肖剰さんの人生や研究姿勢を語るうえで、とても大切な存在だった方だからです。
出会いはエジプト・カイロ
お二人が出会ったのは2000年。
当時の河江肖剰さんは、エジプト・カイロで旅行客向けの遺跡ガイドや通訳として働いていました。
仁美さんは観光でエジプトを訪れており、そこで運命的な出会いを果たします。
考えてみると、
「エジプトの遺跡 × 日本人ガイド × 観光客」
ロマンが詰まりすぎていて、まるで映画のワンシーンのようですよね。
結婚、そしてカイロでの生活
出会いから約1年後の2001年に結婚。
その後、2008年までカイロで夫婦として生活を共にします。
河江肖剰さんが本格的にエジプト考古学の道を歩み、現地で経験を積んでいく時期を、仁美さんはすぐそばで支えていた存在でした。
異国の地での生活は、決して楽なものではなかったはずですが、二人三脚で乗り越えてきたことがうかがえます。
病気、そして名古屋へ
しかし、2008年に仁美さんががんを発病。
治療のため、仁美さんの出身地である名古屋へ移住することになります。
河江肖剰さんも一緒に帰国し、名古屋での生活が始まりました。
この頃の河江さんは、
・奥様の看病
・研究活動の継続
・名古屋大学大学院での博士号取得
という、心身ともに非常に厳しい状況に置かれていました。
2009年、最愛の妻との別れ
懸命な治療と支えもむなしく、2009年に仁美さんはおなくなりになります。
あまりにも早すぎる別れでした。
この出来事は、河江肖剰さんの人生にとって、計り知れない影響を与えた出来事だったと考えられます。
それでも彼は研究の道を止めることなく、後に博士号を取得し、世界的なエジプト考古学者として歩み続けていきます。
研究の裏にある、静かな支え
テレビやYouTubeでは、明るく情熱的に古代エジプトを語る河江肖剰さんですが、その裏には、仁美さんと過ごした時間と、深い喪失の経験があることを忘れてはいけません。
華やかな功績の影には、静かで深い人生の物語がある——
そう思うと、河江肖剰さんの言葉や研究に、より重みを感じてしまいますね。
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河江肖剰に子供はいる?家族を調査!
子供について
結論から言うと、河江肖剰(かわえ ゆきのり)さんにはお子さんがいます。
しかも、3人の息子さんのお父さんです。
あまり前に出して語られることはありませんが、実は河江肖剰さんの人生を語るうえで、子供たちの存在は欠かせない大切なテーマでもあります。
3人の息子がいることは事実
河江肖剰さんと、なき奥様・仁美さんの間には3人の男の子がいます。
インタビュー記事によると、仁美さんががんを発病された時点で、
- 長男:7歳
- 次男:5歳
- 三男:3歳
だったそうです。
この情報から考えると、現在(2026年)では25歳・23歳・21歳前後になっている可能性が高いと考えられます。
3人の子育てと博士論文
2009年に妻の仁美さんをなくした後、河江肖剰さんは3人の子供を育てながら研究生活を続けるという、想像を絶する日々を送っていました。
本人のインタビューでは、
- 子育て
- 名古屋大学大学院での博士論文執筆
- 研究活動の継続
を同時に進めるのは非常に大変だったと語られています。
その中で、「彼女(仁美さん)や私の両親など、多くの人に助けられた」と感謝の言葉を残しており、決して一人で背負い込んでいたわけではなかったことも分かります。
とはいえ、心身ともに相当な覚悟と努力が必要だったことは、想像に難くありませんよね。
息子に関するわずかなエピソードも
息子さんたちについての詳しい情報は、ほとんど公表されていません。
これは、河江肖剰さんが意図的にプライバシーを守っているからだと思われます。
昨日の空手の大会は「演武の部」で息子が優勝!「組手」では3回戦突破ならず。。。相手の女の子は圧倒的な強さでそのまま優勝。カウンター上手し。普段の稽古の成果もでつつ、天狗になることもなし。初めての大会として、よしとしよう。師範含め、関係者方々お疲れ様でした。
— Yukinori Kawae/河江肖剰 (@yukinegy) June 14, 2010
ただし、過去にX(旧Twitter)で、息子さんが空手の「演武の部」で優勝したという投稿があったことがあり、
その一文からは、父親としての誇らしさや温かいまなざしが感じられました。
研究者としてだけでなく、「普通のお父さん」の顔が垣間見える、ちょっとほっこりするエピソードですね。
子供の存在が、今の河江肖剰を支えている
世界的なエジプト考古学者として注目を浴びる河江肖剰さんですが、その裏には、
- 3人の息子の父であること
- 家族を守りながら研究を続けてきた過去
があります。
多くを語らないからこそ、その生き方に深みがあり、彼の言葉や研究に「人としての重み」を感じる人が多いのかもしれませんね。
父親・母親について
世界的なエジプト考古学者として知られる河江肖剰(かわえ ゆきのり)さんですが、その原点をたどっていくと、ご両親の存在がとても大きかったことが分かります。
本人のインタビューや講演で語られている内容をもとに、父親・母親それぞれの人物像と、家庭の雰囲気について見ていきましょう。
父親は「旅と挑戦」を愛した行動派
河江肖剰さんの父親は、若い頃から海外に強い興味を持っていた人物です。
なんと、アメリカを自転車で横断した経験があるというから驚きですよね。
かなりの行動力と冒険心を持った方だったことがうかがえます。
一方で、息子に対しては放任ではなく、学業面では意外と厳しい一面もあったそうです。
高校時代、あまり勉強しない河江さんに対して、
「そんなに勉強しないで、受かるはずがない」
と、大学受験を心配していたと本人が語っています。
このあたりは、どこのお父さんとも重なる部分がありますね。
ただし印象的なのは、河江肖剰さんが「エジプトに行きたい」と打ち明けたときの反応です。
普通なら反対されそうな決断ですが、父親は、
「やりたいなら、やったらいいじゃないか」
と受け入れてくれたそうです。
厳しさの中に、息子の挑戦を信じて背中を押す器の大きさを感じます。
母親は文化と歴史を愛するロマンチスト
母親もまた、父親と同じく海外志向の強い人物でした。
なんと両親の出会いは、**「ハワイに寄港中の船の中」**だったという、映画のワンシーンのようなエピソードが残っています。
河江肖剰さん自身、母親について
- 文化や歴史に関心が深い
- 家族旅行は観光地巡りよりも「文化的な場所」を重視
していたと振り返っています。
この影響もあり、考古学やエジプト学の世界に自然と惹かれていったと語っており、母親の価値観が今の研究者としての姿につながっていることは間違いなさそうです。
両親に共通する教育方針がすごい
父親・母親に共通しているのが、子供の意思を尊重する教育方針です。
河江肖剰さんは、こんな印象的な言葉を残しています。
「うちの両親は、わたしがやりたいと言ったことを一度も否定したことがない」
常に「やりたいなら、やったらいいじゃないか」というスタンスで接してくれていたそうです。
そのため、大学受験に一度失敗したあと、19歳で単身エジプト・カイロに渡るという大胆な決断をした際も、相当な心配はしつつ、最終的には快く送り出してくれたとのこと。
この「信じて任せる」姿勢があったからこそ、河江肖剰という唯一無二の研究者が誕生したのかもしれません。
両親の存在が、河江肖剰の原点
冒険心あふれる父親と、文化・歴史を愛する母親。
そして、子供の夢を否定しない家庭環境。
河江肖剰さんの生き方や研究姿勢を知れば知るほど、ご両親から受け継いだ価値観が、今も彼の中で生き続けていることが伝わってきます。
エジプトの砂漠の向こう側には、こんな温かい家族の物語があったのですね。
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河江肖剰の年収は?
河江肖剰(かわえ ゆきのり)さんの年収については、本人が具体的な金額を公表しているわけではありません。
ただし、活動内容がかなり幅広いので、収入源を一つずつ見ていくと、だいたいのイメージは見えてきます。
YouTubeの年収はどれくらい?
まず気になるのが、YouTubeチャンネル**「河江肖剰の古代エジプト」**の収益です。
YouTubeの広告収入は、ジャンルや動画の長さなどで差がありますが、一般的には1再生あたり0.05~0.7円ほどと言われています。
ここでは、UUUMが公表しているデータを参考に、1再生=約0.3円で計算してみます。
河江肖剰さんの動画は、直近1か月で約70万回再生。
これをもとにすると、
- 月収:約21万円
- 年収:約252万円
となります。
「意外と現実的だな」と思った方もいるかもしれませんね。
ただし、ここで終わりではありません。
メンバーシップ収入も見逃せない
河江さんのチャンネルでは、月額990円のメンバーシップ制度も導入されています。
メンバーになると、
・限定絵文字やバッジ
・メンバー限定動画
・メンバー限定配信
などの特典が用意されています。
具体的なメンバー数は非公開ですが、チャンネル登録者数は30万人以上。
そのうちの一部でもメンバーになっていれば、毎月かなり安定した収入が発生していると考えられます。
YouTube収益は、広告+メンバーシップの“二本柱”ですね。
名古屋大学教授としての給与
河江肖剰さんは、名古屋大学デジタル人文社会科学研究推進センターの教授を務めています。
国立大学の教授クラスの給与は、年齢や経験にもよりますが、一般的に年収1,000万円〜1,500万円程度とされています。
ここが、河江肖剰さんの収入の中で最も大きな柱になっている可能性が高いですね。
さらに、研究代表者としての手当や、海外の学術団体(例:ナショナルジオグラフィック協会「エマージング・エクスプローラー」)からの支援・研究費が加わる場合もあります。
著書・執筆、メディア出演の収入
河江肖剰さんは、『すべてがわかる アンモナイトの本』など、学術書から一般向け書籍まで多数の著書があります。
これらからは印税収入が発生します。
また、
・NHK「歴史探偵」
・TBS「世界ふしぎ発見」
・各局のドキュメンタリー番組
などにも専門家として出演。
専門家クラスの出演料は、1回数万円~数十万円が相場と言われており、年間で考えると決して小さな額ではありません。
講演・イベント関連の収入も
大学の特別講演、博物館・美術館の展示解説、企業向けセミナーなどにも多数登壇しています。
こうした講演やイベントには別途講演料や謝礼が支払われるため、こちらも重要な収入源の一つです。
年収をざっくりまとめると?
すべてを合算すると正確な数字は分かりませんが、
- 大学教授としての給与:約1,000万~1,500万円
- YouTube関連(広告+メンバー):数百万円規模
- 書籍・メディア・講演:数百万円規模
これらを合わせると、
年収は少なく見積もっても1,500万円以上、条件次第では2,000万円超え
と考えても不自然ではありません。
研究者として第一線で活躍しながら、発信力・行動力も抜群。
河江肖剰さんの年収は、まさに**「文武両道+発信力」の積み重ね**の結果と言えそうですね。

河江肖剰の妻・子供・家族などのまとめ
今回は、エジプト考古学者・河江肖剰さんの家族構成や年収について見てきました。
河江肖剰さんは2001年に日本人女性の仁美さんと結婚し、エジプト・カイロで生活を共にしながら、3人の息子さんに恵まれました。
その後、仁美さんが病気を患い、名古屋へ帰国。
残念ながら2009年に奥様はなくなられていますが、河江肖剰さんは3人の子供を育てながら博士号を取得するという、並大抵ではない道を歩んできました。
ここは思わず胸が熱くなるところですよね。
子供たちについては詳しい情報は多くありませんが、空手で活躍しているエピソードなどもあり、父親譲りの努力家な一面がうかがえます。
表に出ない部分でも、家族を大切にしながら歩んできたことが伝わってきます。
年収については、大学教授としての安定した収入に加え、YouTube、書籍の印税、テレビ出演、講演活動など、収入源はかなり幅広いのが特徴です。
正確な金額は公表されていませんが、専門家として第一線で活躍していることを考えると、一般的な水準を大きく超えている可能性は高そうです。
華やかな実績の裏側には、家族との時間や数々の苦労があり、それを乗り越えてきたからこそ、今の河江肖剰さんがあるのだと感じさせられます。
これからも研究に、発信に、ますます目が離せない存在ですね。